· 

今こそ読もう、この一冊!!168

生きるということ

乗代雄介『旅する練習』

講談社2021.1 杉並図書館

 主人公は6年生の亜美。中学進学を控えた春、コロナで一斉休校となった数日間の物語だ。「アビ」と読む。カンムリカイツブリを「アビ」というのだそうだ。語り手は小説家で塾講師の叔父・「私」。母の弟だ。亜美はサッカーに夢中。地域チームでは一番の上手だ。もっともっと上を目指し、サッカーチームの活躍している市立中学校に進学する。

 そこで、鹿島アントラーズの本拠地まで歩いて行こうという計画を実行する。利根川の堤防堤をとにかく歩いて行こうというわけだ。我孫子駅からスタートした。私は途中で寄っていきたいところがあり、そこでの風景を記録していく。このスケッチ文章が読ませる。いわゆる「写生」である。そこに、亜美のリフティングの回数を記録していく。なんでもないメモと言えるが、これがラストの展開を知って、ぐっと重みをもってくる。亜美はどんどんうまくなっていく。

「わたし」は野鳥研究家でもあり、途中、出会う水鳥などを説明していく。亜美はカワウ

に惹かれていく。「魚を獲るために生まれたみたいでかっこいいじゃん」。

 途中、卒業を迎える大学生みどりと合流する。みどりは卒業後の生き方に悩んでいる。

アントラーズファンであり、ジーコの自伝などを読んでいて、亜美に話し、二人は意気投

合していく。こうして、3人の徒歩旅行が続いていく。みどりに内定の会社から「コロナ

で会社不安定。内諾辞退を求める」メールが届く。悩みつつ、それを受け入れ、春からの

生き方を決めていく。そこに、亜美と私の支えがある。

 亜美は長い「旅」に出る。その経緯は書けない。推理小説と同じ。みどりからのその後

を伝える手紙はまだない。

 湿っぽくならない語りが最後の驚きと感動を共有させる。「旅する練習」というタイト

ルは、亜美にとってはなんだったのだろう。サッカーで活躍する「その後」を期待してい

たけれど、ぷつんと切れた。しかし、その短い人生はとても充実したものだった。みどり

にとってはどうだろう。亜美とおじさんとの短い旅は、自分の生き方を探っていく上に、

とても大きな支えとなった。その後の「旅」をする、まさに「練習」だった。私にとって

はどうだろう。私は作家としてはまだ評価を得てはいないが、亜美の人生の「その後の旅

」を引き受けていくのだろう。人はいつも「旅」にあるし、それでも、その旅は計画的に

はいかないものだ。人生という「旅」のいつも途上なのだ。この本は、もう文庫になって並んでいる。(岩辺泰吏)