1月読書会125日(木) 

テキスト(『みすゞと雅輔』松本侑子著 2017.4 新潮社) 

 この本は、2014年に発見された金子みすゞ(本名=テル)の実弟である上山雅輔(がすけ。本名=正祐・まさすけ)の日記等の膨大な資料をもとに、金子みすゞと上山正祐の交流を描いた小説である。

 テーマは、金子みすゞにとって詩とは何であったか、金子みすゞを死に追いやったのは何であったか、ということであろうと考えた。

 正祐はみすゞ(テル)の実弟であるが、幼くして母の妹(テルにとっては叔母)の嫁ぎ先である下関の上山家に養子に出される。叔母の死後、正祐の養父とテルの母が再婚したため、テルも下関の正祐の家に移り住むことになる。テルと正祐は実の姉弟でありながら、義理の姉弟となる。正祐は、音楽学校に進学する夢を捨て、家業の書店を継ぐために東京の大きな書店に丁稚奉公に行くことになるが、関東大震災により仕事がなくなり下関に帰ることになる。一方、テルは、店の番頭である宮田敬一と結婚することになる。思うようにならないジレンマの中で正祐は、花街に出かけて放蕩生活を送るようになる。そんな正祐に対して、お金持ちの坊ちゃんのわがままな生活態度に疑問を感じるという意見も出された。

 テルは、金子みすゞというペンネームで、幼年雑誌や児童文芸誌などに多くの詩や童謡を投稿し、西條八十など当時の詩壇をリードする作家達から高い評価を得ていた。しかし、詩や童謡を投稿していた雑誌が廃刊となり、時代は大正デモクラシーから昭和のファシズムへと大きく変遷していく。そんな中、テルは、敬一と離婚し、自ら死を選ぶこととなる。どうして、テルは死を選んだのか、その理由について意見を出し合った。女性の権利やキャリアが認められない社会への抗議ではないか、童謡を発表する場がなくなり、童謡詩人としての行き先に不安を感じたからではないのか、大正の童心主義の終焉を感じ取ったのではないか、自死をする前に撮った写真には、並々ならぬテルの決意が感じられる、将来、詩集が出版される際に、巻頭を飾るために撮ったのではという作者の考察に共感する、などの意見が出された。また、正祐は、良心の呵責に苛まれたと書いてあるが、本当にそう思ったのか、疑問であるという意見も出された。

 

 今日の時代状況は、大正デモクラシーからファシズムへの流れるこの時代と似ていて、再び戦争へと向かう気配も見られる。作者はそんな今日の文化状況に対する警鐘としてこの作品を世に出したのではないかという意見も出された。(渡部 康夫)                           

6月銀読書会 朽木祥『海に向かう足あと』

6月26日(月)午後於:千代田区立図書館

テキスト:『海に向かう足あと』(朽木祥著 ‘17年2月 角川書店)

 作者は被爆2世で、広島市出身の児童文学作家。「突然、大切な人が帰ってこなかった経験を周囲の多くの人が抱えていた。これはいつか書かなければ」…そんな使命感から本作品(初の一般向け小説)が生まれた。大切にしていることは、悲しみや辛さに共感し、ともに苦しむ気持ちを呼び起こす“共感共苦”だという。

ストーリー 初めは、優雅に見えるヨットクルーの探検話かと…。村雲(30代半ばの照明デザイナー)をキャプテンに、彼と大学ヨット部同期の友人2人(政府関係機関、市役所勤務)、若者2人(ベンチャー企業勤務、ヨットニート)に定年退職者(ヨット歴40年のベテラン)3世代計6人の仲間。6人は、苦心して新しくヨット(ハープ号)を手に入れた。週末に三浦半島風色湾に集まって、翌年ゴールデンウィークに開かれる三日月島~江の島900kmのレース出場に備えて練習に励む。物語は、その年の秋から翌年レース当日までの6人の家族・恋人・動物との絆や思いを織り交ぜながら進行していく。爽快なヨットセーリング――空は青く、白く光る雲と波。やがて6人は悲しい沈黙に支配され黄昏を迎える。そして、空は黒く真っ赤に燃える海へと激変していく…。

読書会で話題になったこと この物語には、詩(詩集)や政治家のメッセージ、映画(映画人)や文学(作家や物語の主人公)、絵本、料理などが散りばめられている。それらが本作品とどう関わっているの  だろうか?…そんなことを考えながら読むのも面白いかもしれない。

ホテルの書斎に掲げられた額に収められた詩、詩の帯の惹句、最後に開いた頁の詩句が作品のタイトルにつながり、作者のメッセージ、作品のテーマと重なっているのではないだろうか。

 

しかし、「もう一度読み直してみるという気持ちにはならない」といった感想が続出。私たち以外の人(殊に若い人たち)が読んで、「…こんな“恐ろしい幸せの中でも、不穏な風を感じる”からこそ、現政権が進めていることは正義のためのより良い選択だ!」と唱えないだろうか?…という危惧も覚えるといった作品感想が出された。(記録:田所恭介)

5月読書会『キャスターという仕事』57回銀読書会 523日(火)テキスト=国谷裕子『キャスターという仕事」(岩波新書)

 

 今月の課題図書は、『キャスターという仕事』(国谷裕子著)でした。「クローズアップ現代」のキャスターとして23年、制作スタッフとともに報道の新しいスタイルを作り上げてきた国谷さんが、番組とともに過ごしてきた時間を整理し自分なりの区切りを付けたいと考えて著した本であり、国谷さんの挑戦の日々を語った記録です。テレビの報道番組が抱える難しさと危うさの中で、番組を制作する人たちの思いを背負って、様々な問題を世に問い続けてきた国谷さんは常に「言葉の力を信じ」「今という時代を映す鏡でありたいと願った」そうです。読書会はいつも通り「あらすじ」「テーマ」「作者」についての説明や考えを、それぞれの担当者が発表し、「印象的な場面・フレーズ」「今日の状況・身近な経験」と続きます。印象的な場面や今日の状況については、担当者だけでなく参加者全員思うこと・言いたいことがいっぱいあって、発言が尽きません。参加者は8名と、いつもより少なかったけれど、あっという間に時間が過ぎてしまいました。この日の夜、共謀罪が衆議院を通過したのも複雑な思いの読書会でした。(記録:廣畑環)

 

 

4月読書会=『みかづき』(森絵都著・集英社)427日(木)

 

この作品は、戦後の学習塾の歴史を縦糸に家族のつながりを横糸に紡いだ小説である。

 

もはや戦後ではないといわれ、世の中が落ち着いた頃、学習塾の黎明期を迎える。その後、教育政策の変遷に伴って、熾烈な塾の生き残りをかけた生存競争の時代となる。そして、塾が社会的に認知されるのだが、格差社会が進むことにより貧困のため塾に行けない子どもたちのために学習支援を模索する時代を迎える。そんな歴史の中で真剣に学習塾経営に向き合った家族三代の50年間にわたる営みを描いている。

 

 第1章から4章までは、塾創設者の一人大島吾郎中心に描かれているが、第5章は、妻の千明、第6章からは子どもの蕗子、最後の8章では孫の一朗が中心に描かれている。それらすべてが主人公ともいえるが、多様な人物を描くことによって戦後という時代の多様性を描こうとする作者の意図が見えるのではないか、そう考えると、登場人物が関わり続ける学習塾そのものが主人公と言えるのではないかという意見も出された。印象的な場面は、吾郎が56冊目の本の出版記念パーティで述べたスピーチの言葉と言う意見が出された。「最近の教育はなってない、これでは子どもがまともに育たないと誰もが憂い嘆いている。・・・・常に何か欠けている三日月。教育も自分も同様、そのようなものであるかもしれない。欠けている自覚があればこそ、人は満ちよう、満ちようと研鑽を積むのかもしれない、」(本書464ページ)という言葉によって、この本の題名を「みかづき」にした作者の思いが明かされるのである。

 

 今日の教育現場は、格差社会が進行している。貧困のために進学塾に通えない子どもが希望する学校に進学できない状況がある。この作品によって戦後の教育をふり返り、これからの教育のあり方を考えるヒントを得ることができるのではないだろうか。(渡部康夫)

 3月の銀(しろかね)読書会は、昨日323日(木)午後、『マラス~暴力に支配される少年たち』(集英社2016.11)をテキストに行った。今回は第55回となるにあたり、著者の工藤律子さん(フリージャーナリスト)をお迎えして行うこととなった。

 これは「世界で一番危ない」と言われるホンジュラスにおける暴力組織「マラス」の実態に迫ろうとして、そこの取り込まれていた若者や、そこから抜け出てその支配下にある若者を救おうとして努力している人たちを取材したドキュメントである。331ページという分厚な本だが、読み始めると、少年たちの「その後」を追って一気に読んでしまう。

 貧困の中で「未来」とか「希望」とかいう言葉すら思い浮かべることがない境遇に置かれた少年たちが、身近な存在としてタトゥーをして地域を闊歩する「マラス」の若者にあこがれるようになるとことはよくわかる。そしてひとたびそのメンバーとして踏み込めば、「死への恐怖」に支配され、5年先、10年先には「消えている」。

 

その中から抜け出して、教会をよりどころに神の道、正義への道に踏み出すよう働きかける人々がいることに、深い感動を思える。「人は本来信頼できるものである」との思いを強くする。マラスが組織を抜け出すものを許さないが、「神の道」に進もうとするものだけは許すということにも、感銘する。「信仰心薄い日本人」である私には信じられないような事実だ。

 最近の日本の教育を見ると、子どもは(人は)しつけなければ悪に進む、早いうちに善なる知識と道徳を埋め込まなければいけないというような、人間不信に立った強い使命感に燃える教師たちが子どもたちの前に立っているように見える。それは「教育者」ではなく、「調教師」のようだ。教室には笑い声もない。楽しみも安心感もない。塾以上の緊張感が支配している。

 工藤さんは取材の過程で出会った若者たちの素顔をパソコンで見せてくれた。立ち直っていく彼らはとても明るい。彼らを支える人たちがいるのだ。この世界への希望を失いつつある人にはぜひ読んでほしい。この目の前の華奢な女性がマラス支配地域に取材してここにいるのだと、あらためて感銘を深くした。

  今回は参加者が15名となり、いつもの会場は手狭なため、近くの「香りの図書館」会議室をお借りした。次回は4271330~。千代田区中央図書館9階研修室です。テキストは森絵都『みかづき』(集英社)。誰でも参加はできますが、会場の都合上、参加ご希望の方は事前にお知らせください。(記録:岩辺)